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IDS(情報開示陳述書)

 出願に関係する者は特許性に関する重要な情報について誠実に開示する義務を有します(37 CFR 1.56(a))。出願人は、この開示義務を認識している必要があります(37 CFR 1.63(c))。ここで、「出願に関係する者」とは、発明者、弁護士・弁理士、その他出願手続に関与した者を意味します(37 CFR 1.56(c))。この開示義務は出願に係る特許が発行(再発行出願の場合は再発行)されることにより終了しますが(MPEP §2001.04)、再審査の手続が開始した場合には特許権者が引き続きこの開示義務を有することになります(37 CFR 1.555)。この開示義務を果たすための手段が情報開示陳述書(IDS: Information Disclosure Statement)の提出です(37 CFR 1.56(a))。この開示義務を怠った場合には特許は認められず、また、不衡平行為(inequitable conduct)があったとして全てのクレームが権利行使不能となります(MPEP §2016)。

 このような開示義務は日本の特許制度には存在しないため違和感を覚えるかもしれませんが、審査官により特許性が判断された先行技術は特許公報にも提示され、いわば"お墨付き"を貰えるわけですから(35 U.S.C. 282)、知っている情報は隠すことなく積極的に開示すべきです。なお、このIDSを提出しても、先行技術サーチをしたという表明にはならず(37 CFR 1.97(g))、また、その情報が特許性に関する重要な情報であると認めたことにもなりません(37 CFR 1.97(h))。



開示対象

 開示義務の対象となるのは「特許性に関する重要な情報(information material to patentability)」です(37 CFR 1.56(a))。これは、単独または組合せによりクレームの非特許性を示すものや、特許性の主張に反するもしくは矛盾するものであって、既に提出された情報と重複しない情報を意味します(37 CFR 1.56(b))。特許公報や刊行物といった先行技術に限られず、先に行われた使用、販売、販売の申し出、知得、他人による先発明、発明者の不一致などに関する情報を含みます(MPEP §2001.04)。

 開示対象の情報の出所は限定されず、対応外国出願について引用された先行技術、関連する米国出願に関する情報、関連する訴訟において得られた情報などは全て開示対象になります(MPEP §2001.06)。従って、例えば対応する日本の特許出願について拒絶理由通知などを受け取った場合、そこで引用された先行技術文献はすみやかに開示すべきです。

 IDSによる開示義務の適否については、開示対象である情報の「重要性(materiality)」と出願人による「欺く意図(intent to deceive)」の両者を、明確で説得力のある証拠(clear and convincing evidence)により立証する必要があることが明らかにされました(Therasense Inc. v. Becton, Dickinson and Co., 649 F.3d 1276, 99 USPQ2d 1065(Fed. Cir. 2011)(en banc))。これにより、不衡平行為が認定される基準が従前よりも高くなり、不衡平行為が認定され難くなったと考えることができます。

提出書類

 IDSを提出するためには、以下の書面が必要になります(37 CFR 1.98(a))。

 「各文献等のリスト」には、(a)米国特許公報については発明者、特許番号および発行日を、(b)米国特許出願公報については出願人、公開番号および公開日を、(c)米国特許出願については発明者、出願番号および出願日を、それぞれ記載します(37 CFR 1.98(b)(1)-(3))。また、外国特許またはその公報については国名、文書番号および公開日を記載します(37 CFR 1.98(b)(4))。また、出版物については発行者、著者、題名、関連ページ、発行日および発行場所を記載します(37 CFR 1.98(b)(5))。

 英語以外の文献について完全な英訳を提出した場合には、「関連性についての簡潔な説明」は不要になります(MPEP §609.04(a) III.)。完全な英訳を提出しない場合、その文献の英語による要約や、対応外国出願の英語によるサーチレポート等の評価を提出することにより代用可能であるとされています(同上)。従って、対応する日本の特許出願の拒絶理由通知等で引用された日本語の公報を提出する際、出願人の判断により、(a)完全な英訳を作成する、(b)「関連性についての簡潔な説明」を作成する、(c)日本の特許庁が提供する英文要約を利用する、(d)拒絶理由通知の英訳を作成する、等の何れかの手段を選択する必要があります。万全を期すためには完全な英訳を作成することが望ましいのですが、企業における業務遂行上、全ての案件にそのような実務を適用することが現実的に困難な場合には、特許商標庁を欺く意図がないことの裏付けとして、当該企業における誠実かつ現実的と考えられる実務手順を定めておくことが重要であると考えます。

 なお、2004年規則改正により、米国特許および米国特許出願に関する「各文献等のコピー」の提出は不要になりました(37 CFR 1.98(a)(2))。

提出時期と必要な手続

 IDSは、その提出時期によって必要な手続が以下のとおり異なります(37 CFR 1.97)。出願前に知っている情報は出願の際に提出すれば足りますが、対応外国出願の審査状況によっては出願後に新たな情報を知る場合がありますので、その場合には速やかに手続を行う必要があります。なお、IDSの各提出時期については、延長制度は採用されていません(37 CFR 1.97(f))。

(a) 出願日(国際出願の場合は国内段階移行日)から3ヶ月以内または最初の(RCEをした場合にはRCE後の最初の)実体的拒絶通知までのうち何れか遅い方まで  この場合、他の追加要件なしに無料でIDSを提出することができます(37 CFR 1.97(b))。

(b) その後、最終拒絶通知または許可通知まで  この場合、陳述書(statement; 37 CFR 1.97(e))または提出料(37 CFR 1.17(p))の何れかが必要になります(37 CFR 1.97(c))。ここにいう陳述書とは、外国で最初に引用されてから3ヶ月以内に提出したことまたはそれを知ってから3ヶ月以内に提出したことを陳述するものをいいます(37 CFR 1.97(e))。この陳述書を提出すれば無料でIDSを提出できますが、外国で最初に引用されてから3ヶ月を経過している等のために陳述書を作成できない場合には、提出料(37 CFR 1.17(p))を支払うことによりIDSを提出することができます(37 CFR 1.97(c))。

(c) その後、発行料納付まで  この場合、陳述書(37 CFR 1.97(e))および提出料(37 CFR 1.17(p))の両者が必要になります(37 CFR 1.97(d))。従って、外国で最初に引用されてから3ヶ月を経過している等のために陳述書を作成できない場合には、継続出願または継続審査要求(RCE)をすることになります。

(d) その後、特許発行まで  特許発行までの間であれば、継続出願をすることができます(MPEP §211.01(b))。一方、継続審査要求(RCE)については発行料納付後にすることができませんので(37 CFR 1.114(a))、継続審査要求(RCE)をする場合には、発行の取下げを求める請願書(37 CFR 1.313)を提出する必要があります(MPEP §609.04(b))。なお、QPIDS試行プログラムを利用することにより、審査再開の要否を審査官に判断させることも可能です(コラム参照)。

(e) 特許発行後  特許発行後にはIDS提出義務はありませんが(MPEP §2001.04)、その後発見された先行技術を包袋に入れておきたい場合には先行技術の提供(Citations of Prior Art; 37 CFR 1.501)をすることができます。但し、特許発行前に提出すべきであった先行技術については、通常の査定系再審査や再発行出願では開示義務違反を治癒できませんので(MPEP §2012)、2011年法改正によって新設された補充審査(Supplemental Examination)の利用を検討すべきです(35 U.S.C. 257)。

QPIDS試行プログラム

 IDS提出義務は特許発行まで続くため、発行料の納付から実際に発行されるまでの間に新たな先行技術が発見された場合には、発行の取下げを求める請願書を提出した上で、継続審査要求(RCE)をするのが一般的です。その場合、審査が再開され、その新たな先行技術が審査官によって考慮されます。そのため、審査が長期化し、RCEの件数も増加するという問題がありました。

 そこで、2012年に発表されたQPIDS(Quick Path Information Disclosure Statement)試行プログラムでは、新たな先行技術について審査再開の要否を審査官に判断させ、審査再開不要であればそのまま、先行技術を考慮した旨の訂正がされた許可可能通知を発行することとしています。QPIDS試行プログラムの適用を要求する際には、発行取下げの請願費(37 CFR 1.17(h))、IDS提出料(37 CFR 1.17(p))、RCE費用(37 CFR 1.17(e))をまとめて納付しますが、審査再開が不要であると判断された場合にはRCE費用は返還されます。一方、審査再開が必要であると判断された場合には、IDS提出料は返還され(37 CFR 1.97(b)(4))、RCEに基づく審査が行われます。これにより、手続が効率化されるとともに、不要なRCEを抑制するという効果が期待されます。

 このQPIDS試行プログラムの適用を要求するためには、発行取下げの電子請願(ePetition Request)にQPIDS送付票(QPIDS transmittal:PTO/SB/09) を添付して手続をする必要があります。

 このQPIDS試行プログラムは、期限付きの試行プログラムです。今のところ、2016年9月30日提出分までは試行延長されることが発表されています。