2011年法改正前の旧102条は特許要件としての新規性(novelty)および特許を受ける権利の喪失(loss of right to patent)について規定しています。改正102条が適用される出願より以前の出願については、この旧102条が適用されます。
審査官は、旧102条について引用文献を考慮する際には、旧102条(b) → 旧102条(e) → 旧102条(a)の順に条文を適用していくことになっています(MPEP §706.02(a)(2))。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(a) the invention was known or used by others in this country, or patented or described in a printed publication in this or a foreign country, before the invention thereof by the applicant for patent, or …"
旧102条(a)は、発明前に、「米国内で、他人に、知られまたは用いられ」または「内外国で、特許または刊行物に記載」された発明には特許しない旨を規定しています。
"known or used"とは、「公に(publicly)」知られまたは用いられたものの意であると解釈されており、秘密状態を維持しようとする慎重な意図がなければ「公に」利用可能な形で知られまたは用いられたものと判断されます(MPEP §2132)。
"by others"とありますので、発明者により使用された場合には本項の適用はありません。また、刊行物記載等については"by others"の文言がありませんが、発明者による刊行物記載等の場合も本項の適用はないものと解釈されています(MPEP §2132)。従って、出願から1年以内の文献に記載されていることを根拠として拒絶された場合、その記載内容は出願人(=発明者)自身の成果に起因するものである旨を主張する宣誓供述書等(37 CFR 1.132)を提出することによりその拒絶を回避することができます(MPEP §2132.01)。但し、出願から1年以上前の文献に記載されている場合には旧102条(b)に該当することになります。
"printed publication"とは、狭義の「印刷された刊行物」のみを意味するものではなく、手書きでもよく、マイクロフィルムや磁気ディスク等も含むものと解釈されています(MPEP §2128)。
"before the invention"とありますので、本項は発明時を基準としています。但し、審査の実務上、審査官は出願日を基準として審査を行います。これに対し、出願人は引用例より以前に発明した旨を主張する宣誓供述書(affidavit)などの提出(37 CFR 1.131)や、優先権の主張をすることによりその拒絶を回避することができます(MPEP §2132.01)。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(b) the invention was patented or described in a printed publication in this or a foreign country or in public use or on sale in this country, more than one year prior to the date of the application for patent in the United States, or …"
旧102条(b)は、米国特許出願日から1年以上前に、「内外国で、特許または刊行物に記載」または「米国内で、公用または販売」された発明には特許しない旨を規定しています。2011年法改正前の米国特許制度では先発明主義を採用していましたが、一方において早期の出願を促すのが本項の規定です。日本の特許法における第29条1項各号と第30条とを合わせたような規定になっています。
"printed publication"については前述の旧102条(a)と同様であり、広義に解釈されます(MPEP §2128)。
"public use"と認定されるためには、必ずしも外からはっきりと見えるような使用でなくてもよく、例えば機械の内部に隠れている場合であっても該当する可能性があります。また、発明者が他人に守秘義務を負わせることなく使わせた場合もこの"public use"に該当します(MPEP §2133.03(a))。
"on sale"における"sale"には、条件付販売や宣伝目的の赤字販売も含まれますが、発明に関する権利(例えば、販売権)の譲渡契約は含まれません。また、"on sale"は、「実際の販売」だけでなく「販売の申し出(offer to sell)」を含みますので、販売の申し出をしたところ拒否されて実際の販売に結びつかなくても本項に該当します(MPEP §2133.03(b))。また、"sale"は公のものである必要はなく、守秘義務を課した販売であっても本項に該当します(MPEP §2133.03(b) III.A)。 一方、"use"や"sale"が発明完成のための実験を目的としたもの(experimental)であれば本項には該当しません。但し、消費者の需要を計るための市場調査は、実験目的とは判断されません(MPEP §2133.03(e))。
"one year prior to the date of the application"とありますので、出願前1年以内の事象については本項の適用はありません。この1年の期間はグレースピリオド(grace period: 猶予期間)と呼ばれており、日本特許法第30条に規定される6ヶ月よりも長い期間が確保されています。なお、このグレースピリオドの終期が土日祝日に該当する場合には、翌実働日までに出願していればグレースピリオド内に出願されたものとみなされます(MPEP §2133)。
"date of the application for patent in the United States"は、継続出願や分割出願の場合は先の出願日、一部継続出願の場合は先の出願にサポートがあるクレームについては先の出願日(サポートがないクレームについては実際の出願日)、仮出願に基づく出願の場合は仮出願日となりますが、パリ条約の優先権主張出願の場合は優先日ではなく実際の米国への出願日となります(MPEP §706.02(c)(2))。従って、遡って発明日を立証するために宣誓供述書等(37 CFR 1.131)を提出し、また優先権の主張をしても、本項による拒絶を解消することはできません(MPEP §2133.02)。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(c) he has abandoned the invention, or …"
旧102条(c)は、発明者により放棄されている発明は特許しない旨を規定しています。
"abandoned"に該当するためには、発明を公衆に捧げる意図が発明者にあることを要します。従って、そのような意図がなく、単に出願が遅いことをもって"abandoned"に該当するとは言えませんが、競合する他の発明者が現れた場合には「放棄、秘匿または隠蔽」の問題とされることがあります(35 U.S.C. 102(g) (pre-AIA))。また、他者が市場で成功するまで開発を止めていたような場合は"abandoned"に該当すると考えられます(MPEP §2134)。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(d) the invention was first patented or caused to be patented, or was the subject of an inventor's certificate, by the applicant or his legal representatives or assigns in a foreign country prior to the date of the application for patent in this country on an application for patent or inventor's certificate filed more than twelve months before the filing of the application in the United States, or …"
旧102条(d)は、米国出願日より12ヶ月以上前に出願人等により他国出願され、且つ、米国出願前に他国で特許された発明は特許しない旨を規定します。他国で出願された後で米国に出願する場合、通常はパリ条約の優先権主張をするために先の出願から1年以内に出願しますので、本項が問題となることはあまりないと思われます。但し、その後に一部継続(CIP)出願をした場合には、新たな開示事項を含むクレームについて本項が適用される可能性があります(MPEP §2135.01)。
"patented"とは、実際に排他的権利が付与されたものであればよく、無審査により付与されたものであっても構いません。また、権利行使可能な状態となった段階で本項に該当し、特許公報の発行の有無は関係ありません(MPEP §2135.01)。なお、日本の出願公開公報が発行されると補償金請求権が発生しますが、これは実際に特許権が付与されるまで行使できませんので"patented"には該当しません(Ex parte Fujishiro, 199 USPQ 36 (Bd. App. 1977))。
"by the applicant or his legal representatives or assigns"ですから、出願人自身でなく、現地国における法定代理人や譲受人により出願された場合も含まれます。
"prior to the date of the application for patent in this country"ですから、米国出願日より12ヶ月以上前にされた他国出願があっても、米国出願前に他国で特許されなければ本項には該当しません。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(e) the invention was described in
(1) an application for patent, published under section 122(b), by another filed in the United States before the invention by the applicant for patent or
(2) a patent granted on an application for patent by another filed in the United States before the invention by the applicant for patent, except that an international application filed under the treaty defined in section 351(a) shall have the effects for the purposes of this subsection of an application filed in the United States only if the international application designated the United States and was published under Article 21(2) of such treaty in the English language; or …"
旧102条(e)は、公開された他人の米国特許出願に記載され、または、他人の米国特許に記載された発明であって、当該他人の出願日以降になされた発明は特許しない旨を規定しています。この旧102条(e)は日本の特許法第29条の2に対応する規定ですが、さらに103条によってその自明な範囲も拒絶の対象になりますので、結果として日本の29条の2よりも広い排除効を有することになります。
"described"ですので、先願(他人の米国特許出願または米国特許)においてクレームされているか否かは関係なく、開示内容全体が後願排除対象になります(MPEP §2136.02)。但し、先願においてクレームされている場合には、旧102条(g)が適用される可能性があります。
"by another"とありますので、発明者が先願と完全に一致する場合には本項は適用されません(MPEP §2136.04)。また、発明者自身の成果に起因するものが先願に記載されている場合も本項の適用はありませんので、その旨を主張する宣誓供述書等(37 CFR 1.132)を提出することにより本項による拒絶を回避することができます(MPEP §2136.05)。
"filed in the United States"とありますので、先願の基準日は米国出願日です。従って、この先願の基準日は、継続出願や分割出願の場合は先の出願日、一部継続出願の場合は先の出願にサポートがあるクレームについては先の出願日(サポートがないクレームについては実際の出願日)、仮出願に基づく出願の場合は仮出願日となりますが、パリ条約の優先権主張出願の場合は優先日ではなく米国への実際の出願日となります(In re Hilmer, 359 F.2d 859, 149 USPQ 480 (CCPA 1966); MPEP §2136.03)。
"before the invention"とありますので、審査対象の出願は発明時が基準となります。但し、審査の実務上、審査官は出願日を発明日と仮定して審査を行います。これに対し、出願人は引用例より以前に発明した旨を主張する宣誓供述書等(37 CFR 1.131)を提出することによりその拒絶を回避することができます。また、パリ条約の優先権の基礎となる出願や仮出願によっても発明日を証明することができます(MPEP §2136.05)。
"except"以下では、PCT出願(国際出願)について規定されています。この国際出願に関する規定では、2002年法改正により、米国を指定国として指定し且つ英語により国際公開された場合にのみ国際出願日を基準として本項の後願排除効を有することと改正されています。従って、2002年改正法の適用される2000年11月29日以降の国際出願が英語以外の言語によって国際公開された場合には、国際出願が米国の国内段階に移行されて特許が成立したとしても本項の後願排除効を有することはありません(MPEP §706.02(f)(1), §2136.03 II.)。なお、2000年11月29日より以前に出願された国際出願については1999年改正前の法律が適用されますので、国際出願が後願排除効を有する場合の基準日は国際公開の言語にかかわらず、米国の国内段階移行日(35 U.S.C. 371)となります(MPEP §706.02(f)(1), §2136.03 II.)。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(f) he did not himself invent the subject matter sought to be patented, or …"
旧102条(f)は、発明者本人に対してでなければその発明について特許しない旨を規定しています。出願人が他人からその発明を知得した場合には本項が適用されます(MPEP§2137)。日本の特許制度では発明者以外の者が発明者から特許を受ける権利を承継して出願人となることができますが、2011年法改正前の米国特許制度では出願人は発明者に限られ(旧37 CFR 1.41(a))、他者は譲受人(assignee)としての地位を有することしかできませんでした。
発明が完成するまでには、案出(conception)および実施化(reduction to practice)の2段階がありますが、案出に貢献した者が発明者であり、単に実施化の作業を行っただけの者は発明者にはなりません(MPEP §2137.01)。従って、他人から発明を知得したと認定されるためには、その他人が発明を案出し、それが何らかの手段によって出願人に伝達されたことを要しますが、その他人が実施化したことまでは立証する必要はありません(MPEP§2137)。
なお、2011年法改正前は、出願段階における発明者の認定は宣誓書または宣言書(oath or declaration)に基づいて行われていましたが(旧37 CFR 1.41(a)(1), MPEP §605)、宣誓書または宣言書が提出された後で発明者に関する誤りが生じていたことが発覚した場合には旧102条(f)による拒絶対象となります。この場合、その誤りが欺瞞の意図なく生じたものでないことを条件として、発明者を訂正する補正をすることができます(37 CFR 1.48(a))。
35 U.S.C. 102 (pre-AIA)
"A person shall be entitled to a patent unless -
(g)
(1) during the course of an interference conducted under section 135 or section 291, another inventor involved therein establishes, to the extent permitted in section 104, that before such person's invention thereof the invention was made by such other inventor and not abandoned, suppressed, or concealed, or
(2) before such person's invention thereof, the invention was made in this country by another inventor who had not abandoned, suppressed, or concealed it. In determining priority of invention under this subsection, there shall be considered not only the respective dates of conception and reduction to practice of the invention, but also the reasonable diligence of one who was first to conceive and last to reduce to practice, from a time prior to conception by the other."
旧102条(g)は、(1)インターフェアレンスにおいて旧104条で認められた範囲で他者が先発明を立証した場合、または、(2) 米国で他者によって先に発明されていた場合、もう一方の者には特許しない旨を規定しています。
旧102条(g)(1)では、インターフェアレンスにおいて、旧104条による発明日を立証することが認められています。この旧104条によれば北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国(アメリカ、カナダ、メキシコ)における1993年12月8日以降の発明行為および世界貿易機関(WTO)加盟国(日本を含む)における1996年1月1日以降の発明行為が立証対象となります(MPEP§2138.02)。一方、旧102条(g)(2)では、米国における発明行為が対象となっています。
本項が適用されるのは、先発明を主張する他人が発明を放棄(abandoned)、秘匿(suppressed)または隠蔽(concealed)していない場合に限られます。発明の完成から長期間出願しない場合にはこれらに該当するおそれがあります(MPEP §2138.03)。
発明には「案出(conception)」および「実施化(reduction to practice)」の2段階があり、「実施化」をもって発明が完成したものとされます。従って、先発明主義を採用する米国では、先に「実施化」した者に特許が付与されます。但し、後に「実施化」した者であっても他者よりも早く「案出」し、他者の「案出」より早くからの「合理的勤勉性(reasonable diligence)」をもって「実施化」した場合には、その者に特許が付与されます(MPEP §2138.01)。ちなみに、発明者としての地位を有する者は「案出」に貢献したことが必要であり、「実施化」を行っただけの者は発明者にはなりません(MPEP §2137.01)。先に「案出」した者に(「合理的勤勉性」を条件として)先発明を判断するための優位な地位を与えるのは、そのような発明者決定の考え方に基づいています。
「案出」とは、発明行為の精神面での完成を意味します(MPEP §2138.04)。従って、単なる思いつきというレベルではなく、当業者が過度の実験を行うことなく実施可能な程度に発明が明確にされている必要があります(同上)。
「実施化」には、「実際の実施化(actual reduction to practice)」と「推定の実施化(constructive reduction to practice)」とがあります(MPEP §2138.05)。前者の「実際の実施化」がなされたか否かは、(1)実施例の物を構成し、または方法を実施し、且つ、(2)それらを目的通りに動作させたか(two-prong test)により判断されます。また、後者の「推定の実施化」として、記載要件(35 U.S.C. 112, 1st)を満たした特許出願をした場合に実施化が推定されます。
「合理的勤勉性」が問題となるのは自己が先に案出したにもかかわらず相手が先に実施化した場合ですが、その場合は相手の案出の直前から自己の実施化までの間において勤勉性が継続していれば十分であり、必ずしも自己の案出から勤勉性が継続している必要はありません(MPEP §2138.06)。
このように、「案出」、「実施化」および「合理的勤勉性」を立証することがインターフェアレンスにおいて必要になりますので、研究開発の各段階においては、これらの裏付けとなる証拠(例えば、研究記録や発明ノート等)を残しておくことが重要です(MPEP §2138.04, §2138.05, §2138.06)。